カリオストロの城(しろ)と魔女(くろ)

カリオストロの魔女」はBLZ氏(Twitter ID: @blz_bb)による、1979年に発表された劇場アニメ「カリオストロの城」の35年後を描いた二次創作漫画である。

PIXIV上で連載され、2014年から2018年の足掛け4年で完成を見た。現在も無料公開されているが、この度BLZ氏自身のプロデュースで書籍版が同人誌として発売開始した。

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見ての通り、全てが黒い。カバーはクリアPPに箔押しという念の入った加工が施されてコードバン皮革のごとく鈍く光り、小口は分厚い黒塗り、中身は墨のような黒とそれが削られた痕のようなきっぱりとした白の2色しか存在せず、さながら白黒映画の趣である。本編を一読すれば、ドライでハードな演出と相まって、映画「シン・シティ」を思い起こす人も多かろう。装丁デザインとその仕上げ、そして無論漫画本編の隅々にまで徹底的なこだわりが詰め込まれたこの本には、一般書店に流通するISBN付きの書籍にはない、異様な迫力がある。

この突き詰められたこだわりは一体何なのか。

前述のとおり、「カリオストロの魔女」は宮崎駿監督のアニメ作品「カリオストロの城」を下敷きにしている。演出家として脂の乗り切った宮崎監督のレイアウト力、色彩感覚、物語力、編集力、省略力といった技術が炸裂したこの映画は、今なお(と言うより時を重ねれば重ねるほど、なのだろう)日本アニメーションの一つの金字塔としての存在感を誇っている。

この映画のラストで、去っていくルパンたちを見送りながら、クラリスと共に立つ髭の庭師が言う。

「なんと気持ちのいい連中だろう」

そう、このアニメは色彩にあふれ、動きにあふれ、爽やかさにあふれ、観る者に童心のように無垢で純粋な気持ちよさをかき立てる物語としてすっきりと100分で完結した。

 

しかし、それを真に受けなかった男がいた。

BLZ氏である。

 

少年時代にこの映画を観た彼は、よくよく考えた。

カリオストロ伯爵は打倒され、クラリスは解放され、ルパンたちは泥棒稼業に彼女を巻き込むまいと去って行った。確かに一見めでたしめでたしである。しかし、残されたクラリスカリオストロ公国は一体どうなる? 贋金産業は崩壊し、国の主幹事業を失った公国とクラリスを待ち受けるのは、欧州列強の包囲圧迫をはじめとした凄まじい茨の道なのではないか?」

想像力の出発点は、作家により、作品により、異なっている。BLZ氏の得意とし、また傾向とするところは、とある物事の「裏」、あるいは「続き」を追うことである。一見筋が通った物語の裏に、語られていない物語を見出し、全てが落着した物語の中に、続きを読み解くことにより、物事は違う顔を見せ、そして(彼にとって)真の顔を見せる。

 BLZ氏は長い時間考えた。

カリオストロ公国はその後どうなったのか? そしてルパンとクラリスは? 彼らは今どんな顔をして、何をして、何を望み、何を語るのか?

その疑問に対する思考と、その過程で彼の脳内に現れた、「まだ描かれていないだけで確実に存在するはずの絵」を表現したいという欲望の結果が、漫画「カリオストロの魔女」である。

 

この漫画における表現には、幾つかの禁欲的な(と言わざるを得ない)ルールがある。 

 

  • 効果音は使用しない
  • 効果線は使用しない
  • スクリーントーン(的濃淡表現)は使用しない
  • ナレーションは(基本的に)使用しない

 

このルールが設けられた理由が直感的なものなのか論理的なものなのかは分からない。しかし少なくとも意図的なものである事は、この制限によりもたらされたものからはっきりしている。それは、たたずまいの静謐さ、語り口のリアルさ、事物の陰影、そして「圧倒的な黒さ」である。

 

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この作品は徹底的に黒い。物語の舞台自体が夜であり、まるでキャスリン・ビグローの「ゼロ・ダーク・サーティ」で描かれたビン・ラディン強襲作戦のごとく、全事件はどす黒い真夜中に進行する。墨が弾けたような陰影の表現で描かれるアクションシーンは、格闘ゲームストリートファイターIV」の表現を彷彿とさせ、静と動の緩急が静かに激しく往復して美しい。

 

何故この漫画は黒いのか。

それはこの物語の想像力の出発点に起因する。

 

「光と影 再び一つとなりて 甦らん」

 

これは、映画「カリオストロの城」本編に現れたメッセージである。カリオストロ伯爵が持つ「金の山羊の指輪」と、クラリスが持つ「銀の山羊の指輪」を合わせることにより、秘められたゴートの財宝が明かされる、そのヒントとなる言葉であった。そして劇中においては、「光」はクラリスの出自である大公一族、「影」はカリオストロ伯爵家を示し、正義と悪の運命的な衝突と交わりの象徴として機能した。

つまり本来は、映画本編内で完結するメッセージである。

しかし、BLZ氏の想像力はここから始まった。

 「このメッセージは単なるお宝探しの謎解きではなく、隠されたもう一つの物語の存在を示している」、と。

上述の通り、「カリオストロの城」は煌びやかで爽やかで美しく、一見遺恨なくすっきりとその物語を終えている。BLZ氏はこの本編そのものを「光」と見た。しかし「光」には、語られていない問題(=影)が数多く残されている。そうであるならば、語られていない物語は、既に語られた光の物語とは真逆の、全てが真っ暗闇の物語であるべきではないか。ストーリーにおいても、表現においても。

 

したがって「カリオストロの魔女 書籍版」の冒頭には、「光と影 再び一つとなりて 甦らん」のメッセージが宣言として掲げられる。

 

つまりBLZ氏は、宮崎駿監督による「カリオストロの城」を光、自らの仮説である「カリオストロの魔女」を影と位置付け、両者が一つとなる事によってカリオストロ・サーガは「再び一つとなりて甦り」、完成する、としたのである。光が真であり、影が偽という関係ではなく、両者はあくまで二つで一つであるとする一方的な宣言である。

これは、あらゆる二次創作がそうであるように、原作をハッキングする試みだ。勝手に物語内に侵入し、種々の要素を生かし、殺し、並べ替え、成長させ、独自のプロトコルを走らせた結果、出来上がった別のモノをもう一つの本物ヅラして提出する。

その本物ヅラをするために、BLZ氏は徹底的に表現にこだわった。

35年経って年老いたルパンとクラリスの顔面に刻まれた皺、靴やスーツのディテール、飛び交う弾丸、作戦計画の交信、近接戦闘の激しい衝突、これらが全て、真っ黒く深く画面に刻まれる。これらを徹底することによってリアルさや静謐さがもたらされるのは既述の通りだが、更に特筆すべきは、この物語のモチーフ自体に「黒」を選択した事によって、物語と表現に相互補完の関係が生まれているということだ。

つまり、カリオストロの城の「白」に対抗するための「黒」としての物語、「黒の物語」を成立させるための「黒の表現」、「黒の表現」を成立させるための「黒の物語」、これらが結託して循環構造となり、この漫画に迫力とリアリティを与えている、そのような仕組みになっているのだ。

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構造としてはこの通りであるが、この漫画の特徴は、そこに留まらない。徹底的な「カッコ良さ」の追求もその大きな魅力の一つである。皺や表情の詳細な機微、装備やアクションのディテールは、確かに「黒」の漫画を成立させるための機能を果たしているが、突き詰められたこだわりは、実は最早光と影という対比の問題では収まらない。行きつくところ単に、BLZ氏の漫画家としての美意識の問題であり、この漫画の根幹の魅力である。光と対置する影のモチーフも、結局は全てこの「カッコ良さ」に奉仕するためのマテリアルでありベースメントであるとも言える。だから読者は光と影がどうのこうのなどという事をわざわざ意識せずとも、BLZ氏の重厚かつ華麗な筆致を追いかければこの漫画を堪能したことになる。

このレビューは未読の読者に読まれる事を前提にしたいので、ネタばらしは避ける事にしたいが、終盤にはこの漫画が「カリオストロの城」と衝突するのにふさわしい、そしてまた絶対に必要な演出が用意されている。これから読まれる方には是非それを堪能していただきたい。

 

この漫画は、「カリオストロ外伝」ではあっても「カリオストロ偽伝」ではない。闇に眼を凝らすことによって見つかった、もう一つのカリオストロである。

「BLZ氏はカリオストロの城を真に受けなかった」と書いた。しかし、実際にはそうではないのだろう。むしろ、彼は最もこの物語を真に受けた一人だった。

「光と影 再び一つとなりて 甦らん」、この言葉の意味と、「カリオストロの城」で描かれた全てのことを、一人の漫画家が、噛み砕き、徹底的に考え、長い時間をかけて鍛えた技術によって出力した一つの結論が、この「カリオストロの魔女」である。

 

最後に、Web版と書籍版の比較について。

Web版で連載を追いかけ、今こうして書籍版を手に取り通読して比較したところ、この物語の「黒」をより正確に表現しているのは間違いなく書籍版の方であり、これが完成版と言える。

BLZ氏が意図した、「光と黒が衝突して甦る真」を100%堪能するには、是非書籍版で読まれる事をお薦めする。

 

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Web版 

【カリオストロの城】「カリオストロの魔女#1」漫画/BLZ [pixiv]